ある子が「今日はやる気がないです。」と言っていました。
理由を聞くと携帯電話の使用について親と揉めたとのことです。 これは勉強に集中するのは難しいぞと思っていたら、「たしかにその(親に言われた)通りなんですけどね。」と言った後に普段よりもやる気を出して学習に取り組んでいました。 後で保護者の方に聞くとかなり揉めたけど、子どもが納得するまで話し合ったと言われていました。 やっぱりお互いの合意ができるまで話し合うことは大事なんだなと強く感じました。 その保護者の方はとても上手に子どもとのコミュニケーションを取られているんだと思います。 普段の関わりでも困った時は大人の理屈を押し付けがちな自分の姿に気づかされました。 見習います。 はん
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毎回その日の終わりには講師で残って振り返りをしています。
その時に子ども一人ひとりの現状の共有や支援方法についての意見交換をします。 ある程度、先を見通して支援計画を立てるわけですが、講師としてはどうしても一日の中での達成度が気になります。 ただご存知の通り、子どもというか人間はなかなか思った通りには動いてくれません。 だからいつも子どもに振り回されっぱなしです。 「〜でとても上手くいった!」と大喜びする日もあれば、「〜で全然だめだった、、、、」と落ち込む日もあります。 もちろん短期的な出来事に一喜一憂するのではなく、長期的な視野を持って物事を考えるべきだという意見もあると思います。 しかし大人のこうした感情のこもった反応はある種の臨場感を子どもに与え、それによって子どもの中で変化が起きることもあるようです。 そうした経験から自分たちの「未熟さ」を弱みではなく、ベテランの先生にはない「新鮮さ」という強みであると個人的には考えています。 これからも良い意味で「慣れない」ようにしたいなと思います。 ちなみに最近は講師から喜びの声を聞くことが多いです。子どもたちが頑張っている証拠ですね。 はん これから中学校に入学して卓球部に入るという子とこれからスーパールーキーが入部してくる予定の陸上部所属の子とお話ししました。
二人とも新しくなる環境にワクワクしているのかなと想像しながら聞きました。 部活では先輩に頼る、後輩を助けてあげる、同級生と競争するといったことがありますよね。 こういう風に縦横斜めの人間関係を通してお互いを刺激し合うことで新たな自己発見が生まれます。そして新しい自分に出会うことは自分の可能性を広げることにつながります。そのようなことが進路に迷う時期に体験できるところは部活という異年齢集団の良い所の一つだと思います。 来年度の彼らの報告を聞くのが楽しみです。 はん 問題集を前に動きの止まっている子どもに何気なく「頑張れ」と声を掛けた時のことです。
その子に「もう頑張ってるんだけどなぁ。」と言われました。 分からない問題に一生懸命取り組むその子の気持ちに配慮が足りない発言だったと深く反省しました。 「頑張れ」という言葉は本来、相手の努力を認めて力づけるために使うものだと思いますが、状況や使い方を間違えると「頑張りが足りないからもっと頑張れ」というように受け取られることがあります。 「頑張れ」という言葉が本来の意味を持つには受け手(「頑張れ」と言われる側)が話し手(「頑張れ」と言う側)は自分がこれまで重ねた努力を知っていると認識する必要があると思います。 上記のケースではそれまでその子が勉強しているところを全く見ずにいきなりフラッと現れて「頑張れ」と言いました。 その子からすると「ひとの気も知らないで勝手なこと言うな」って思いますよね。 これからはもっと気をつけて「頑張れ」という言葉を使おうと思いました。 はん 自分に与えられたお題は何かを当てる「私はだれだ?」ゲームをしました。
みんなインディアンポーカーのような形でおでこにお題が書かれたカードを貼っていて、周りの人からは自分のお題が見えるけど自分では自分のお題がわからない状態でゲームが始まります。 そこから一人ずつ順番に周りに「はい」か「いいえ」で答えられる質問をみんなにするか、答えを言うことができます。 そこで早く正解を言えた人の勝ちです。 質問に答える人たちは正直に答えなければならないのですが、お題と質問の組み合わせによっては答えが割れる場合があります。例えば「カブトムシ」のお題の子が「私は動物園にいますか??」という質問をした時は「動物園にはいないよ」と答えた子どももいれば、「(展示コーナーにはいないけど)いるよ」と答える子どももいるし、「展示されてるのを見たことがある」と答える子どももいました。 みんなこのような反応を参考にして頭をひねりながら答えを考えていました。 子どもたちが自然と他のひとが話すのを聞いたり、自分が話すことを考えたりすることができるお気に入りのコミュニケーションゲームです。 はん ある子どもが図形の問題を解いた回答用紙をみると図形を分かりやすくするために記号や色ぬりがされていました。
また文章問題では情報を整理するためにメモが書き込んでありました。 当たり前のように思うかもしれませんが、1年前のその子の回答は常にほぼ真っ白でした。なぜなら自分が書いたものが間違っていたら、、、と思うと怖いからです。それでいつも頭の中だけで考えようとしていました。 時間を掛けて徐々に自分の考えを話してみたり、書いてみたりすることができるようになってきました。 本当に成長したなぁと以前のことを思い浮かべながら感動しました。 自分の間違いを人から指摘されると大人でも否定されたような気持ちになってしまいます。だから間違っても良いと思うのは本当に難しいことだと思います。 はん こんにちは!新代表のはんです。
今年度に入って代表を交代したのですが、HPの存在を長らく忘れておりました、、、、 しかし!ある親切な方からのお問い合わせにより、存在が判明したので今日から日々の様子をお伝えしようと思います。よろしくお願いします! |